ゆのすのす

青い鳥、逃避行。

それはミニスカート

学生のころ、当時参加していた団体のミーティングの日、団体の顧問にあたる存在だった先生と詩「生きる」(『うつむく青年』所収)の話になったことがありました*1

 

私はこの詩を初めて読んだ小学生のときの感想をそのままお話ししました。

「「いま生きているということ それはミニスカート」なんだな、と思いました」。

そうすると、先生は語気を強めておっしゃったのでした。

「ミニスカートなんですよ!」

私はあわてて、「当時そう思ったという意味で、今はわかります」とお答えしました。

 

私は今も昔もミニスカートを穿くことはそうそうありませんが、「いま生きているということ それはミニスカート」だという人がいることを想像する力は、あのころよりはいくばくか身についたと思います。

そのきっかけとなったのは、「生きる」について話した時間でした。

 

今この詩を読みかえすと、

すべての美しいものに出会うということ

そして

かくされた悪を注意深くこばむこと

また、

人は愛するということ

はとても難しいことに感じられます。

いいかえれば、ある意味において「生きているということ」は年々難しいことになってきているように感じられます。

 

今後も折りにふれてこの詩を読みかえして想像をふくらませることができるような、ゆとりをもっていたいです。

 

谷川俊太郎さんのご遺族のうえに慰めがありますよう、お祈りいたします。

*1:谷川俊太郎『うつむく青年』は1971年、山梨シルクセンター出版部発行。この投稿の作成にあたっては、下記を参照しました。

谷川俊太郎,2002,『谷川俊太郎詩集 続』,思潮社