「小峠英二のなんて美だ!」(東京メトロポリタンテレビジョン)というテレビ番組があります。
「初心者でもアートについて簡単に学べる“日本一敷居の低いアートバラエティ番組”」を謳うこの番組の、先日の放送回のテーマは「ことば」でした。
冒頭、レギュラー出演なさっている池田瑛紗(いけだ・てれさ)さんが「好きな「ことば」」を尋ねられて次のようにお答えになっていました*1。
私は、グループの先輩の言葉でもあるんですけど、「人は必要な時に必要な人と出会う」っていう言葉がすごい好きです。
池田瑛紗さんはアイドルグループ「乃木坂46」に所属しながら東京藝術大学に在学なさっている方で、「先輩」とは2017年まで同グループに所属なさっていた橋本奈々未さんをさしているものと思われます。
池田さんはこの言葉がお好きだとかねてよりおっしゃってきました*2。
橋本さんがこの言葉を口にされたのは、橋本さんがグループ所属時にレギュラー出演なさっていたラジオ番組「SCHOOL OF LOCK!」(エフエム東京)への最後のご出演中のことでした*3。
みんなの声を見ていると『もっと早く出会ってもっとたくさんななみんに会いに行けば良かった』とか『もっといろんなななみんを見るためにもっといろんなことをしておけば良かった』とかそういう声もたくさん聞いたし見ました。けどそれは違うなと思ってて。人は必要な時に必要な人と会うと思ってます。だから………足りないと思ってて………その足りなさがきっと今後の人生において大事になってくる想いになるんじゃないかと思います。だから………足りないということも多すぎるということもないと思います………ちょうど良かったんだと思います。だから…私は自分を信じるし、皆さんも自分を信じて。これからもお互い!
つまり、橋本さんはご自身がグループを離れられることを惜しむ声にたいして上にあげた言葉をお返しになったのでした。
今の私がこの言葉に接して思いだすのは、キリスト教の聖書の言葉——すなわち、コヘレトの言葉 3章の次の箇所です*4。
天の下では、すべてに時機がありすべての出来事に時がある。
生まれるに時があり、死ぬに時がある。
植えるに時があり、抜くに時がある。
殺すに時があり、癒やすに時がある。
壊すに時があり、建てるに時がある。
泣くに時があり、笑うに時がある。
嘆くに時があり、踊るに時がある。
石を投げるに時があり、石を集めるに時がある。
抱くに時があり、ほどくに時がある。
求めるに時があり、失うに時がある。
保つに時があり、放つに時がある。
裂くに時があり、縫うに時がある。
黙すに時があり、語るに時がある。
愛するに時があり、憎むに時がある。
戦いの時があり、平和の時がある。
人が労苦したところで、何の益があろうか。私は、神が人の子らに苦労させるよう与えた務めを見た。神はすべてを時に適って麗しく造り、永遠を人の心に与えた。だが、神の行った業を人は初めから終わりまで見極めることはできない。
ここで聖書釈義を試みるつもりはありませんが、ひとことだけ申し上げると、出会うにも別れるにも与えられた時があると思えば受けとめやすくなることがあるんじゃないかと、ここ数年の私は考えています。
おしまいに、橋本さんがグループを離れられる際に制作されたソロ楽曲「ないものねだり」をお聞きください(お聞きになれない方は、こちらから歌詞をお読みください)。